ミニマムタックスとは?M&Aでの株式売却の税率が2025年から上がる!「1億円の壁」とは?
2025年から導入される「ミニマムタックス(グローバルミニマム課税)」によって、M&Aによる株式売却を取り巻く税制が大きく変わる可能性があります。特に、売却益が1億円を超える場合には、従来よりも税負担が重くなる可能性も。
そこで、本記事ではミニマムタックスの概要から、M&A株式売却時の税率への影響、そして「1億円の壁」と呼ばれる制度まで詳しく解説します。
ミニマムタックス導入前に知っておくべき情報と対策を網羅的にまとめましたので、今後のM&A戦略の参考にしてください。
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- 目次
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1. ミニマムタックスの概要
1.1 グローバルミニマム課税とは
1.2 OECDでの議論の経緯
2. ミニマムタックスが導入される背景
2.1 グローバルミニマム課税の導入
2.2 日本における法人税収の確保
2.3 税制の公平性の確保
3. 2025年から変わる?M&A株式売却時の税率
3.1 現行の株式売却時の税率
3.2 2025年以降の見込まれる税率
4. 「1億円の壁」とは
4.1 所得税の累進課税制度
4.2 株式譲渡所得と給与所得の税負担の差
4.3 「1億円の壁」問題点
5. ミニマムタックス導入によるM&Aへの影響
5.1 3.1 2024年中にM&Aを完了するためには、早期に検討を開始すべき
5.2 3.2 複数の株主(親族等)や法人(資産管理会社)で保有している場合
5.3 3.3 年を跨いで複数年で譲渡する場合
6. ミニマムタックス導入への対策
6.1 税務プランニングの重要性
6.2 専門家への相談
7. まとめ
1. ミニマムタックスの概要
1.1 グローバルミニマム課税とは
グローバルミニマム課税とは、多国籍企業に対して、世界全体で最低限の税負担を求める国際的な税制の枠組みです。経済協力開発機構(OECD)を中心に議論が進められ、2021年10月に137の国と地域が合意に至りました。
これは、近年、経済のグローバル化が加速する一方で、一部の多国籍企業が税負担の軽い国や地域に拠点を移し、実質的な税負担を軽減するといった租税回避行為が問題視されてきたことを背景としています。
国際的な法人税のルールを整備することで、企業の健全な競争環境を確保し、税収の公平性を確保することを目指しています。
1.2 OECDでの議論の経緯
OECDでは、2013年からBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトに取り組んでおり、その一環としてグローバルミニマム課税の導入が検討されてきました。BEPSプロジェクトとは、多国籍企業による国際的な租税回避スキームを防止し、各国の税収確保と国際的な税の公平性を図ることを目的としたものです。
BEPSプロジェクトは、2015年に「BEPS行動計画15項目」として取りまとめられ、各国で国内法の整備などが進められてきました。グローバルミニマム課税は、このBEPSプロジェクトの成果の一つとして位置づけられています。2021年10月には、「BEPS包摂的枠組み」において、137の国と地域が、実効税率15%のグローバルミニマム課税を2023年から導入することで合意しました。
この合意は、国際的な租税回避問題への対策として、歴史的な一歩とされています。日本もこの合意に参加しており、2024年度税制改正において、グローバルミニマム課税の国内法への導入が盛り込まれました。具体的には、2025年以降開始事業年度から、一定の要件を満たす多国籍企業グループに対し、グローバルミニマム課税が適用される予定です。
2. ミニマムタックスが導入される背景
2.1 グローバルミニマム課税の導入
近年、経済のグローバル化に伴い、多国籍企業は世界中に事業を展開しています。しかし、各国の税制の差異を利用して、税負担を不当に軽減するケースも見られるようになりました。
そこで、国際的な租税回避に対処するため、OECD(経済協力開発機構)を中心に、グローバルミニマム課税の導入に向けた議論が進められてきました。これは、世界中の企業に対して、最低限の税負担を求める枠組みです。日本もこの枠組みに賛同しており、2025年以降、ミニマムタックスを導入することになりました。
2.2 日本における法人税収の確保
日本では、少子高齢化の進展に伴い、社会保障費の増大が深刻な問題となっています。社会保障制度を維持していくためには、安定的な税収の確保が不可欠です。法人税は、国税収入の柱の一つですが、近年、法人税収は減少傾向にあります。
その要因としては、企業の海外進出や税率の引き下げなどが挙げられます。そこで、政府は、法人税収を確保するために、グローバルミニマム課税の導入を決定しました。ミニマムタックスの導入により、多国籍企業の税負担が公平化され、法人税収の増加が見込まれます。
2.3 税制の公平性の確保
従来の税制では、給与所得者は累進課税によって高額な所得税が課される一方、株式譲渡益などの金融所得は一律20%の税率で課税されていました。このため、高所得者層においては、所得に占める金融所得の割合が高いほど、所得税負担率が低下するという逆進性が問題視されていました。
ミニマムタックスの導入は、このような税制の不公平感を解消し、高所得者層にも相応の税負担を求めるものです。これにより、より公平な税制の実現を目指しています。
3. 2025年から変わる?M&A株式売却時の税率
M&Aと株式売却、そして税金は切っても切り離せない関係にあります。特に2025年からは、ミニマムタックスの導入により、株式売却益に対する税率が大きく変わる可能性があります。
ここでは、現行の税率と2025年以降の見込まれる税率について詳しく解説し、オーナー社長の方々が適切なM&A戦略を検討する上で必要な情報を提供します。
3.1 現行の株式売却時の税率
現在、株式売却益(譲渡所得)にかかる税金は、以下の2つに大別されます。
所得税 | |
住民税 |
所得税は、国に納める税金であり、住民税は、都道府県や市町村に納める税金です。株式譲渡所得にかかる税率は、所得税15%、住民税5%の合計20%です(復興特別所得税は考慮せず)。
例えば、1億円の株式売却益があった場合、2,000万円(1億円 × 20%)が税金として徴収されます。残りの8,000万円が売却後の手取り額となります。
株式売却益の計算方法
株式売却益は、「譲渡収入金額」から「取得費」と「譲渡費用」を差し引いて計算します。
譲渡収入金額 | 株式を売却して得た収入 |
---|---|
取得費 | 株式の購入にかかった費用(購入代金、手数料など) |
譲渡費用 | 株式の売却にかかった費用(手数料など) |
例えば、1株1,000円で10,000株購入した株式を、1株2,000円で売却した場合、株式売却益は以下のようになります。
譲渡収入金額 | 2,000円 × 10,000株 = 20,000,000円 |
---|---|
取得費 | 1,000円 × 10,000株 = 10,000,000円 |
譲渡費用 | 500,000円(例) |
株式売却益 | 20,000,000円 - 10,000,000円 - 500,000円 = 9,500,000円 |
3.2 2025年以降の見込まれる税率
2025年からは、新たにミニマムタックスが導入される予定です。これは、多国籍企業の租税回避を防止するためにOECDが主導して導入を進めている国際的なルールですが、日本においては、高所得者に対しても適用されることになりました。この制度により、一定以上の所得がある人の税負担が、所得の22.5%を下回らないように調整されます。
このミニマムタックスの導入により、株式売却益が大きい場合、所得税率が実質的に15%から22.5%に引き上げられる可能性があります。住民税と合わせると、最大で27.5%の税率になる可能性があります。2025年以降に1億円の株式売却益があった場合、最大で2,750万円(1億円 × 27.5%)が税金として徴収される可能性があるということです。
ミニマムタックス導入の背景
ミニマムタックス導入の背景には、グローバル化の進展に伴い、多国籍企業が税率の低い国や地域に拠点を移して税負担を軽減するケースが増加しているという現状があります。こうした租税回避に歯止めをかけ、国際的な租税公平性を確保するために、OECDが中心となってミニマムタックスの導入が進められてきました。
日本では、多国籍企業だけでなく、高所得者層における税負担の公平性を確保する観点から、ミニマムタックスの適用対象に高所得者も含めることになりました。具体的には、株式譲渡益など、所得税率が低い所得が多い高所得者層が、ミニマムタックスの適用を受ける可能性があります。
2025年以降のM&A戦略への影響
ミニマムタックスの導入は、2025年以降のM&A戦略にも影響を与える可能性があります。特に、多額の株式売却益が見込まれる場合には、売却時期を早めるか遅らせるか、あるいは株式譲渡益を分割して計上する方法などを検討する必要があるかもしれません。詳細については、税理士等の専門家にご相談ください。
4. 「1億円の壁」とは
この所得税の改正(ミニマムタックス)は、2023年度の税制改正で導入されました。2023年度の税制改正大綱によると、所得が極めて高い水準にある個人の負担水準の適正化を図り、より公平で中立的な税制を実現することを目的として掲げています。
給与にかかる所得税は高額になるほど税率が上がる累進制(最大45%、別途住民税10%)の課税ですが、株式や不動産(長期)の譲渡所得にかかる所得税率は、一律15%(別途住民税5%)のため、株式や不動産の譲渡所得が高い人ほど、所得に対する税の負担率は小さくなります。
一般的に、高所得者層ほど所得に占める株式・不動産等の譲渡所得の割合が高いことから、高所得者層において、所得税の負担率が低下するという逆転現象が生じています。
国税庁の調べでは、2020年時点で所得が5,000万円超~1億円の層の所得税負担率は27%を超えていますが、50億円超~100億円の層だと17%台に下がっています。これが、いわゆる「1億円の壁」として従来から問題視されている点になります。
4.1 所得税の累進課税制度
所得税は、所得が多くなるほど税率が高くなる累進課税制度が採用されています。この制度は、所得の低い人への税負担を軽減し、所得の高い人により多くの税負担を求めることで、社会全体の公平性を保つことを目的としています。
しかし、株式や不動産の譲渡所得については、この累進課税制度が適用されず、一律15%の税率が適用されます。そのため、高額な株式譲渡益を得た場合でも、所得税負担率が低くなるという現象が生じます。
4.2 株式譲渡所得と給与所得の税負担の差
例えば、年間1億円以上の所得がある人を例に考えてみましょう。給与所得が1億円の場合、所得税率は45%となり、住民税と合わせると約55%もの税金を支払うことになります。
一方、株式譲渡益が1億円の場合、所得税率は15%となり、住民税と合わせても約20%の税負担となります。このように、同じ1億円の所得であっても、その所得の種類によって税負担が大きく異なるという現状があります。
4.3 「1億円の壁」問題点
「1億円の壁」は、所得の種類によって税負担が異なるという不公平感を生み出すだけでなく、経済活動の阻害要因にもなり得ます。
例えば、起業家がリスクを取って事業を成長させ、株式公開やM&Aによって多額の株式譲渡益を得たとしても、高額な税金が課せられるため、起業意欲が削がれてしまう可能性があります。また、高所得者が税負担の少ない株式譲渡などへ投資を集中させることで、経済全体のバランスが崩れる可能性も懸念されます。
5. ミニマムタックス導入によるM&Aへの影響
繰り返しになりますが、「ミニマムタックス」は、2025年の所得税から適用されるため、厳密には、2025年1月1日から生じる所得が対象となります。適用を受けるのはもう少し先のようですが、M&Aを想定されているオーナー社長等にとって留意すべき点についてまとめました。
5.1 2024年中にM&Aを完了するためには、早期に検討を開始すべき
M&Aによる株式譲渡は、対象会社が上場会社または非上場会社にかかわらず、(買主が決まっている場合を除き)、通常、株主が売却の方針を決定してから、直ぐに実行することはできません。
買い手企業の探索、買い手企業によるデューデリジェンス、契約書交渉、取引実行までの諸手続(競争法上の手続、許認可取得、取引先・従業員への説明等)を考えると、一般的に6ヶ月以上は必要となります。
そろそろM&Aを実行しようかと悩んでいるオーナー社長がいらっしゃいましたら、2024年内にM&Aを完了し、「ミニマムタックス」の影響を受けずに手取り額を最大化できるよう、早期に検討を開始しては如何でしょうか。
5.2 複数の株主(親族等)や法人(資産管理会社)で保有している場合
今回改正となる所得税は、あくまで1個人ごとに計算されます。したがって、対象会社の株式価値が大きい場合であっても、複数の株主で分散して保有しており、一人当たりの譲渡益が多額にならなければ(例えば10億円以下)、「ミニマムタックス」の対象から外れると思われます。
また、オーナーの資産管理会社が保有している対象会社株式を売却した場合は、資産管理会社に「法人税」が課税されるため、こちらも今回の改正の対象外となります。
5.3 年を跨いで複数年で譲渡する場合
株式譲渡を一度に実施すると「ミニマムタックス」の対象となるケースにおいても、複数回(数年間)に分けて譲渡すれば、その年の譲渡所得を抑えることで「ミニマムタックス」を回避することができると考えられます。
ただし、予め複数回(数年間)で譲渡することを買い手と約束している場合、全株式の譲渡は当初の時点で引渡しが完了し、その後の代金授受は譲渡代金の分割払い(後払い)とみなされ、当初の時点で全株式分の譲渡が課税対象となる(「ミニマムタックス」の対象となる)可能性がありますので、ご留意ください。
6. ミニマムタックス導入への対策
2025年からのミニマムタックス導入は、高額所得者、特にM&Aによる株式譲渡を検討しているオーナー社長にとって、大きな影響を与える可能性があります。適切な対策を講じることで、税負担を軽減できる場合があります。以下に、ミニマムタックス導入への対策をまとめます。
6.1 税務プランニングの重要性
ミニマムタックス導入により、従来以上に事前の税務プランニングが重要となります。具体的には、いつ、誰に、どの程度の金額で株式を譲渡するかによって、税負担が大きく変わる可能性があります。そのため、株式譲渡を検討し始めた段階で、税理士等の専門家と相談し、最適なスキームを検討することが重要になります。
株式譲渡の時期
前述のとおり、「ミニマムタックス」は2025年1月1日以降に発生した所得から適用となるため、2024年中に株式譲渡を完了できれば、「ミニマムタックス」の適用を受けずに済みます。2024年中に株式譲渡を完了させるためには、少なくとも半年以上前からM&Aの準備を開始する必要があるでしょう。
株式譲渡の方法
株式譲渡を一度に実施すると「ミニマムタックス」の対象となるケースにおいても、複数回(数年間)に分けて譲渡すれば、その年の譲渡所得を抑えることで「ミニマムタックス」を回避することができると考えられます。
ただし、予め複数回(数年間)で譲渡することを買い手と約束している場合、全株式の譲渡は当初の時点で引渡しが完了し、その後の代金授受は譲渡代金の分割払い(後払い)とみなされ、当初の時点で全株式分の譲渡が課税対象となる(「ミニマムタックス」の対象となる)可能性がありますので、ご留意ください。
資産管理会社等の活用
オーナー社長が個人で株式を保有している場合には、株式譲渡益が個人の所得となり、ミニマムタックスの対象となる可能性があります。一方、事前に資産管理会社を設立し、その会社が株式を保有するスキームとすることで、株式譲渡益は資産管理会社の所得となり、ミニマムタックスの対象外となります(資産管理会社には法人税が課税されます)。
ただし、資産管理会社を設立する場合には、会社設立費用や運営コスト等が発生するため、事前に専門家と相談し、費用対効果を検討する必要があります。
6.2 専門家への相談
ミニマムタックスは複雑な制度であり、専門家でなければその影響を正確に把握することは困難です。そのため、税理士やM&Aアドバイザー等の専門家に相談し、以下の点についてアドバイスを受けるようにしましょう。
ミニマムタックスの適用
自身の所得金額や資産状況等を踏まえ、ミニマムタックスの適用を受ける可能性があるかどうか、専門家に確認するようにしましょう。
最適な対策
ミニマムタックスの適用を受ける可能性がある場合には、自身の状況に応じて、どのような対策を講じることが最適なのか、専門家に相談し、検討するようにしましょう。
2025年から導入されるミニマムタックスは、高額所得者にとって無視できない税制改正です。特に、M&Aによる株式譲渡を検討しているオーナー社長は、早めに対策を講じることが重要となります。税務プランニングや専門家への相談を通じて、ミニマムタックスによる影響を最小限に抑え、自身にとって最適な方法で事業承継を進めるようにしましょう。
7. まとめ
今回は、2025年から導入されるグローバルミニマム課税、通称ミニマムタックスについて解説しました。多国籍企業への課税強化を目的として導入されるミニマムタックスは、日本におけるM&Aにも大きな影響を与える可能性があります。
特に、株式売却益への課税強化は、M&A戦略の見直しや、1億円を超える株式売却益への課税に対する懸念から、いわゆる「1億円の壁」を生み出す可能性も考えられます。
ミニマムタックス導入による影響を最小限に抑えるためには、早めの対策が重要です。税務プランニングや専門家への相談を通じて、最適なM&A戦略を検討しましょう。
編集者の紹介
株式会社M&A PMI AGENT
代表取締役 日下部 興靖
上場企業のグループ会社の取締役を4社経験。M&A・PMI業務・経営再建業務などを10年経験し、多くの企業の業績改善を行ったPMIのスペシャリスト。3か月のPMIにて期首予算比で売上1.8倍、利益5倍などの実績を持つ。